早晩、日本は滅びるんじゃないかって思うよ

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日本文化
小松左京の「日本沈没」って小説のドラマが怖かった記憶がある、さかのうえのまろ(@sakanoueno_maro)です。

日本列島を横断する形で存在する大断層、糸魚川-静岡構造線の大規模なズレが発端で、日本列島が海に沈んでしまう、というストーリーでした。

首相が必死に各国に談判して、日本が海に沈む⇒難民になる日本国民の受け入れを要請している様子や、南国と北国に離れ離れになってしまった恋人同士の姿。
(もしかしたら、ドラマと映画のシーンがごっちゃになっているかも)

日本の国土が失われると、日本人は難民となり、世界各国に散り散りになってしまうんだ、という事実をつきつけられて、小さい頃のまろ少年が大きな衝撃を受けたことを記憶しています。

よほど大きな地殻変動がない限り、近い将来に日本が海に沈む、ということはないでしょう。直ちに日本の国土が失われるということは考えられません。

可能性があるとすれば、核事故?

福島第一原子力発電所の事故は、もし仮に大規模な核事故が同時に何か所かで日本国内で発生したら、国土は失われずとも、国内に住めるところがなくなるのではないか?という危機感を持ちました。

まあ、よっぽどのことがない限り、国土が失われることはないかもしれません。

それよりももっと気になることがあって、日本人が、日本国民が失われてしまうのではないか?という危機感を最近抱いています。

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他人に関心を持たなくなった日本人

少し前に、こんな記事を書きました。

身体の不自由な方に対する無関心。
身体のハンディキャップに限らず、様々な事情で弱者の立場に立たされた人たちがいることは周知の事実です。

普段、通勤電車に乗っていても、そういう方々がいらっしゃることは、みんなわかりきっているはずなんです。

そんな方々があなたが座っている目の前に立った時、あなたはどうしますか?

ぼくのこのブログを読んでくださる方なら、「もちろん席をゆずるよ」と言ってくださる方が大半だと思うのです。

しかし、現実は異なります。

目の前に杖をついた方が立っていても、大半の人は知らんふりです。目の前に立っているのだから、スマホをいじって下を向いていても気がつくはずなんです。


何もぼくは格好をつけているわけではありません。かつて、スマホに夢中になるあまり、目の前に立っている身体にハンディキャップを持った方に気がつかなかったという「恥ずかしい」経験をしたから、通勤電車で座席に座っても、駅に着くたびにハンディキャップを持った方がいらっしゃらないか、確認しているんです。

それが当たり前とか、みんながそうすべきとは言いません。

ぼく自身も初めて「恥ずかしい」経験をして気がついたし、そのような経験をしなかったら、未だにスマホに夢中で目の前のハンディキャップを持った方に気がつかないかもしれません。

自分の行動が人に与える影響、というか、自分の思考停止が人に与える影響、といった方がいいのかもしれません。

もしかしたら、あの人身体にハンディキャップがあって辛いのかも?

そういうことを考える以前に、そういうことを考えない、想像できない人が増えているような気がします。

人の壁

くしくも、Twitter友だちのゆういちさん(@fp_yuichi_fp)が、次のような記事を書いていらっしゃいました。

ゆういちさんは双子の男の子のパパです。双子ちゃんの子育て奮闘記をいつも楽しみに拝見しています。

こちらの記事の中で、ゆういちさんは「駅の壁」「人の壁」ということをおっしゃっています。

「駅の壁」は、鉄道の駅の施設の問題。ゆういちさんのように小さな赤ちゃんを連れた方、ハンディキャップを持った方に対して優しい設計、優しい構造になっているか?

以前に比べて改善はされてきていることは感じます。駅のホームにエレベーターが設置されたり、階段にスロープがつけられたりするようになりました。

それらの改善が果たして利用する側の人に対して使いやすくなっているかどうかは、ぼく自身には判断できませんが、ゆういちさんの記事によると、まだまだ足りないところはありそうです。

そういったハードウェアの不備は、人間の力で乗り越えられます。お互いに助け合う、できる人がやってあげる、そういった工夫で乗り越えられるはずです。

でも、実際にはそうはならないようです。

電車を降りて我先にエレベーターに駆け寄る人。幅広の改札でベビーカーを押して待っているのに、誰もそれに気がつかずに待ってくれない。

それはなんでしょう?

気がつかないのか、気づいても知らんふりなのか。

想像力がないのか思考していないのか。

何なんでしょうね?

妊婦や子育てに寛容さがない社会

これもすみません、Twitterで目にした記事なのですが。

マタニティマークに関するトラブルは、もう何年も前から言われています。記事中にも書かれていましたが、トラブルに巻き込まれるのが嫌で、わざとつけない方が多いという話もよく聞きます。

実際、通勤電車のなかでも迷うことがあります。妊婦さんなのか、ふくよかな方なのか、区別がつかない、ということ。

妊娠後期になってくれば、お腹を見れば明らかに分かります。初期の頃って分からないんですよね。もし声をかけて妊婦さんじゃなかったらどうしよう?

そういう場面に遭遇したことは多々あります。マタニティマークをつけてくれていたら…と思ったことが幾度もあります。

記事中の文章を引用させていただくと、

「お前ただのデブだろ。俺はだまされねーぞ」「偉そうにしやがって」。5月のある火曜日午後11時すぎ、東京西部を走る私鉄の車内。マタニティーマークをつけた妊娠7カ月の私が、目の前の男性に席を譲ってもらった際、その隣に座っていた男性から言われた言葉だ。なぜそんな敵意が生まれるのか?

敵意を向けてきた隣の男性は、白髪交じりのごま塩頭でおそらく50代。半袖のシャツにグレーのスラックス姿で、酒に酔った様子ではなかった。席は優先席。外見からは、けがなどをしているようには見えなかった。

参考URLwithnews

ぼくであれば、嫁さんが妊娠中のしんどさを知っているから、妊婦さんだと気がつけば、よほど自分の体調が悪くない限り、席を譲ります。妊婦さんの辛さを想像できるし、席を代わってあげなきゃと思考するからです。

この男性は無関心ではなく、明らかに想像力が欠如して、思考停止に陥ってます。妊婦さんがどれだけ辛いのかも分からないし分かろうともしていないんでしょうね。

経験がなかったのかもしれません。奥さんがいなかった、奥さんがいてもお子さんに恵まれなかった、お子さんに恵まれても子育てに関与しなかった、そういうことなのかもしれません。

妊婦さんだけではありません。小さな子連れの人に対する不寛容。赤ちゃんや小さな子が泣くのは当たり前なんです。うるさい!と怒鳴る人は、赤ちゃんや小さな子に接したことがないか、接する機会があったのに自ら放棄した子育て未経験な元父親なのかもしれません。

失われていく日本人

海外からたくさんの外国人旅行客がやってくるようになり、日本もようやく観光業に目がいくようになりました。

訪日する外国人旅行客が期待するのは、爆買いに代表される日本製品の優秀さもあるかもしれませんが、古き良き日本文化に触れること、「おもてなし」をはじめとする日本人の美徳に触れることではないでしょうか?

「美徳」、それは日本人がかつて誇りにしていた文化です。そういった「誇り」を日本人は失おうとしているように思います。


ぼくらが受けてきた道徳教育に歪みがあった、それも一因かもしれません。

他人を蹴落としてでも這い上がろうとする弱肉強食の世の中。「一億総中流社会」と呼ばれていた過去、今では中流層は崩壊し、富める者、貧しい者の差が激しくなってきました。

そんな世の中で、他人のことなどかまっていられない、自分のことで精一杯、他人に対する想像力が欠如した人、他人のことを思いやる思考を停止した人。

そんな人が増えてきていると、感じませんか?

みなさん。

WEBのシステムを作ったり保守したりするSE/プログラマというものをしています。

ブログやってますがブロガーではありません。週末WEB随筆家です。
まろと呼んでください。

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