文章力を身につけるということ

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文章力を身につけるということ
全国1億2千万人の物書きのみなさんこんにちは。週末Web随筆家のさかのうえのまろ@sakanoueno_maro)です。

毎日文章を書いていますか?

ブロガーの皆さんは毎日記事を書いてブログに投稿していますか?

文章を書く能力のことを「文章力」と言います。

人間、誰しもが得意・不得意があるように、文章力もある程度持って生まれた能力に依存することはあるとしても、練習することでその能力は伸ばすことができます。

書き続けることと、自分以外の誰かに読んでもらうことで、文章力は伸びます。

筋トレに似ているかもしれませんね。

定期的に筋肉を鍛え、客観的な目で自分のカラダを見つめる。徐々に筋肉が付いてくるのを実感できます。

それと同様、書き続けて読んでもらうことで、文章力は磨かれ鍛えられます。

筋トレをサボると筋肉が落ちるように、書くことをサボると文章力も落ちるような気がします。

書き続けないとダメかな?やっぱり。

もともと、文章力があったかどうかは疑問だけど。

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国語力の大切さ

国語力の大切さ
文章を書くには、まず「母語」をしっかりと身につける必要があります。

母語、つまり、我々日本人にとれば「日本語」です。

文章力の一端を担うのは「国語力」だと思うのです。

日本語でしっかり思考して、日本語でしっかり記述する。

どんなものを書くにしても、考えを伝えるには、日本語を駆使するチカラ、つまり「国語力」が必要なんです。

読んでも「さーぱり分からん」文章って目にしますよね。我々の母語、日本語としての程をなしていないのです。

我々日本人にとっての日本語は、我々日本語を操る母集団が共通して使うツール。

ツールの使い方一つで表現する幅は広がります。

国語力を駆使するということ

国語力を駆使しよう
ぼくが属するIT業界って理系の分野と思われがち。

確かにロジカルな思考やアルゴリズムを生み出す思考は理系的思考が必要かもしれない。

でも、ロジカルな思考って、実は文系の分野でも必要なんです。

文系の分野でもロジカルな思考ができる人はPGやSEになれます。

実際ぼくは文学部の出身ですので。

ぼくは文学部の史学科(歴史学)の出身です。専攻は日本の古代史です。

歴史学にもロジカルな思考が必要です。

一つ一つの小さな仮説をロジカルに論考し、一つの大きな仮説に作り上げていくという歴史学の手法は、一つ一つの小さな機能をロジカルな思考で組み立て、一つ一つの機能が矛盾なく動く大きなシステムに仕上げていくというITの現場に通じるところがあります。

結局、筋書きを作ってそれを組み合わせ、矛盾なく大きなものに仕上げていくには、日本人にとってみれば、日本語でしっかりと考えて、日本語でしっかりと表現できるチカラを身につける必要があります。

日本人であれば、日本語でしっかりと考え、日本語でしっかりと表現する、それが「国語力」なんです。

そうやって「国語力」を身につけると、文系的な論文も書けるようになるし、プログラム(ソースコード)も書けるようになります。

プログラム言語の文法というものがあります。プログラムを読んで日本語に翻訳していけば、日本語のストーリーに直すことができます。

逆に言うと、日本語でストーリーを作ってプログラム言語に翻訳すればソースコードが書けます。

流れるようなストーリーは、流れるようなソースコードにつながります。

流れるようなソースコードを書くには、一つ一つの機能を日本語できっちりと表現した「仕様書」「設計書」が必要なんです。

我々のIT業界にあっても、結局は日本語を駆使する能力、つまり、国語力が必須なんです。

国語力と文学の違い

国語力と文学の違い
ここで勘違いをしてはならないのが、日本語特有の「行間を読む」という趣向。

それは「文学表現」に必要なものであっても、ロジカルな思考には必要のないものです。

プログラムの仕様書や設計書が文学的な趣向で書かれていて、作者に「行間を読め」と言われたら、読み手によって受け取り方が変わってきます。

だって、文学ですから。

読み手のその時の気分、趣味趣向で、読み方によって、全く違うシステムが出来上がってしまうということになりかねません。

なかなか趣(おもむき)のあるシステムですな
( ̄▽ ̄)

あー!それは違う!

趣は「文学表現」に必要なものであって、ロジカルな思考には必要のないものです。

プログラムの仕様書や設計書の読み手によって受け取り方が変わってしまっては、全く違うシステムが出来上がってしまいます。

文章も同じで、行間を読ませることなく、正しい情報を正しく伝えるには、国語力を磨き、ロジカルな思考で書く必要があります。

読み手の趣味趣向で意味が変わってしまう文章は、ロジカルな文章ではない、そう言えます。

国語力を身につけよう

論理的思考を身につけるには、まず、国語力。母語でしっかりと考えて表現するチカラを身につける。

そのほかの応用はその後に付いてきます。

プログラムのことは述べました。国語力を磨けばロジカルな思考ができるようになる。ロジカルな思考ができればプログラムは書ける。

国語力+プログラム言語の文法で、ソースコードが書けるようになるわけですからね。

英語で論文を書くのも同じでしょう。

日本語でしっかりとした文章を書き、それから英語にする。

日本語→英語
と、手間がかかるように思われるかもしれないけど、もちろん慣れてくると、英語で思考して文章にすることができるようになってくるでしょう。

でも、英語が母語でない日本人にとって、いきなり英語で論理的な思考をするのは無理というもの。

まずは母語である日本語で論理的な思考ができるようにトレーニングする。英語は後から付いてくる。

そう思うんだよね。

小学生のうちからプログラムや英語に触れる。

それは子どもたちに機会を与えてあげるという意味で意義のあることだけど、国語の時間が減ってしまったら、ロジカルな思考ができる日本人が減ってしまうように思うんだけど。

まあ、今日はこの辺で。ロジカルな思考を説きながら、だらだらとしたとりとめのない文章になってしまいました。

それもまた楽しからずや。

ほなまた、みなさん、ごきげんよう。
さいなら〜ヽ(´ー`)

WEBのシステムを作ったり保守したりするSE/プログラマというものをしています。

ブログやってますがブロガーではありません。週末WEB随筆家です。
まろと呼んでください。

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